諺から考える健康学 37

『旨い事は二度考えよ(うまいことはにどかんがえよ)』という諺があります。 これは、「自分にまことに都合のよいでき過ぎた話には、眉唾なものが多いから、十分慎重に考えた上で対処せよという教え」のことです。 昨今のコロナ禍においての対応策など、これに当てはまることが多い気がします。 「ワクチン接種すれば、感染を防ぎ、人の迷惑をかけずに済む」 「ワクチン接種するのはエチケット」 「国の推奨する感染症対策をしていなければ、感染が広がる」 などなど、「???」ということが多いにもかかわらず、それが常識のように事実化しているような気が致します。 そもそも、ワクチンに関しても、こと新型コロナウイルスに関しては、上手い具合に話が転々とし過ぎています。 まるで、情報が、新型コロナが変異して次々と変異株を生んでいるかのようです。 ワクチンも重症化防止と言っていたものが、何故か、感染しづらいものに変わってきていますし、そもそも、PCR検査も、『陽性者』という表現から『感染者』という表現にいつのまにか変異してしまいました。 マスクにしても、あたかもウイルスを遮断するスーパーグッズのように変異してきてしまっています。 何から何まで、初めに言っていたことが『旨い話』に変異してきているように思えますが、大勢の方々が何も疑問を抱かずに、そう思い込んでしまっているように感じます。 ワクチンが感染予防にそんなに有能で、優秀なら、2、3年前までインフルエンザはあんなに流行しなかったはずですよね? 結構、皆さん、インフルエンザの予防接種はしていたのではないかと思います。なのに、何で週に何万人と感染者が出ていたのでしょう??(しかも、ちゃんと熱が出て発症している人だけのカウントです) 国民に、半強制的にワクチンを推し進めるなら、なぜ、製造している製薬会社は、このワクチンに関してのトラブル、不具合があっても免責なのでしょう?? 少し考えればおかしな話がゴマンとあるのに、なぜ、このような世の中になっているのでしょうか? 私は、マスクの是非や、ワクチンの是非を今、問うているのではありません。 なぜ、情報が一貫せずに、しかも巧妙に変異して人々に恐怖からの間違った逃げ道を指し示しているのか?? ここを問うているのです。 また、それを安易に受け入れている方々が多すぎることを危惧しているのですね。 「旨い話が眉唾かどうか」 これは、誰が、どこが発信しているうまい話なのか、ではなく、その内容を本当に吟味する癖をつけていかないといけない、と申し上げているのです。 最後に責任を取るのは自分自身だ、ということを忘れないようにしなければならない、と私は思います。 健康においても如り、であります。 健康に関して、旨い話は山のようにあります。 また、西洋医学が悪魔の化身のようにしてしまっている情報も山のようにあります。 これらも、「信じて取り入れる」また、「信じて排除する」のは皆様自身であるということを忘れてはならないと思います。 「だって、こう言われたから…」 「〇〇の専門の人が推奨してたから…」 「こんなに凄い、という資料を見せられたから…」 言い分は、山のようにあるでしょうが、全ての選択をしたのは自分自身だ、ということは忘れないで頂きたいと思います。 さすれば、『選択の時』に大切なことは何か?!ということは自ずとわかってくるのではないでしょうか? 逆に考えれば、しっかりと立ち止まって考える癖をつける、絶好のチャンスでもあるのです。 世の中、『オレ俺詐欺』は、お金の事だけに限らないということを、どうぞ忘れないで頂きたいと、切に願うのは、私だけでしょうか? 皆様、いかがお考えでしょうか?