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	<description>京都府亀岡市の呑気堂FUJII鍼灸治療院です。当院は鍼灸施術を基本に、症状に合わせた施術、食事習慣・生活習慣の改善を行っております。また顎関節症や不妊症などの難病にも対応しております。お身体に不調を感じましたらお気軽にご相談ください。</description>
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		<title>【 日常生活における健康のヒント 8 】</title>
		<link>https://www.nonkido.jp/blog/835</link>
				<pubDate>Sat, 20 Dec 2025 01:02:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[S10302545000001]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>
		<category><![CDATA[総院長お役立ちコラム]]></category>

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				<description><![CDATA[人の身体は、癌であっても風邪であっても、罹患した際は、誰であっても全細胞をあげて、対処しようとします。 それが [&#8230;]]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[
人の身体は、癌であっても風邪であっても、罹患した際は、誰であっても全細胞をあげて、対処しようとします。
それが、免疫力というものであり、「癌になったのは肝臓でしょ、こっちには関係ないよ。」という細胞はありません。たとえ、オペで切除する様なことがあっても、代替療法で対応しようとしても、その内容には当然差は出ますが、その身体を生命体として必死で守ろうとするわけですね。
よくよく考えてみると、これは何にでも共通して言えることだと私は思います。
ここ最近、北朝鮮の暴挙が止まりません。世の中には様々な意見が横行しているのは事実ですが、一体何が正しいのか？どれが正しいのか？と分からなくなっている方も多いと思います。
そういう時は、「人としての原点に戻る」必要があります。さっきのカラダが侵されている時と同じなのですね。
憲法がどうなっていようと、北朝鮮の狙いがアメリカだろうと韓国だろうと、日本だろうと、地球というカラダにいわば癌細胞が発生しているわけですね。だったら、地球人として毅然とした態度、姿勢で、他の国々と共に、「共に戦う勇気」が必要です。
実際に武力行使しろという次元の話ではありません。
それは、カラダでいうと、「オペがいいか？抗がん剤の投与がいいか？放射線がいいか？はたまた、代替療法でいくのか？」という次元の話であって、カラダの細胞がどう事に対応するのか？という次元の話ではないわけですね。
ですから、方法論は充分と考慮し、思慧して決めていけばいいのです。
まずは、貴方が、この国が、地球上の平和を願う国々と、幸せを願う国々と「共に戦う勇気」を持って毅然として臨むことが大切なのではないでしょうか？
戦うというのは、ドンパチやるのと同意義な訳ではないのです。
どっちつかずな曖昧な、態度で臨むのでなく、「毅然とした国家の姿勢を示す」というのが「共に戦う」ということなのですね。
ましてや、日本は隣国です。胃がんで言えば、十二指腸に当たるわけです。次に癌細胞にやられる代表みたいなものです。
憲法を語る前に、アメリカがどうのこうのいう前に、まずは、私達が「これ以上、地球を侵すような思いは出させない」という本当に地球の平和と調和を願う強い想いで、腹を決める必要があるのです。
かつて、勝海舟が、早る西郷隆盛に対して無血開城したかのように、必ず、そういう思いは、具現化されていくと思います。
私たち一人ひとりが、「地球というカラダ」の細胞なのですから。。。]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>【 日常生活における健康のヒント 7 】</title>
		<link>https://www.nonkido.jp/blog/833</link>
				<pubDate>Sun, 30 Nov 2025 01:01:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[S10302545000001]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>
		<category><![CDATA[総院長お役立ちコラム]]></category>

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				<description><![CDATA[「頭隠して、尻隠さず。」 という言葉がございます。本人は一生懸命、隠れたつもりで「これで人からは見えないだろう [&#8230;]]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[「頭隠して、尻隠さず。」
という言葉がございます。本人は一生懸命、隠れたつもりで「これで人からは見えないだろう」と思っていると、お尻が皆んなの目のつくところに見えている、というやつですね。
どんなに隠し事をしても、アッサリとボロは出るもの、また出ているものです。
気がついていないのは、ご当人のみ、ということは世の中に多々ございます^_^
これは、現代の医学にも当てはまることではないかと思うのですね。
症状や、見た目、画像に捉えられた病変ばかりを改善すること、消失させることに目を囚われて、肝心の「なぜ、その病変が現れたのか？」という事をおざなりにしてしまっている、という事ですね。
これは、洋の東西問わず、言える事なのです。
「えー！東洋医学は病気の本質を捉えて、カラダ全体を見て治療するのではなかったの？？」と思われる方もいらっしゃるでしょう。
しかし、カラダというのは、あくまでも局所でみようが全体でみようが、「病気として表現する場」にしか過ぎないのですね。
何度も申し上げておりますが、人の潜在意識の滞りは、病気だったり、人間関係だったり、会社の倒産だったりなどのカタチをとって現実世界に現れているだけなのです。
ですから、「何故に病気、病変というカタチをとって自分の前に具現化されているのか？」ということを見ないと、お尻まで隠していることにはならない、ということなのですね。
結局、人生におけるハードルや障害物は、
「幸福になるための、自分が本当に自分らしく生きるためのヒント」
に他ならないということなのですね。
さぁ、もう一度、今の自分の姿を、しっかりと確認して、ちゃんと「お尻の在り処」を
見つけてみて下さいね^ &#8211; ^]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>【  日常生活における健康のヒント 6 】</title>
		<link>https://www.nonkido.jp/blog/831</link>
				<pubDate>Mon, 10 Nov 2025 01:00:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[S10302545000001]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>
		<category><![CDATA[総院長お役立ちコラム]]></category>

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				<description><![CDATA[昔から、「雨戸の敷居にはロウを塗ると、スルスルと開け閉めがしやすくなる」と言われてますね。まぁ、今はシリコンと [&#8230;]]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[
昔から、「雨戸の敷居にはロウを塗ると、スルスルと開け閉めがしやすくなる」と言われてますね。まぁ、今はシリコンとか便利なグッズもありますが、要するに抵抗を少なくするといいですよ、ということですね。
これって、自分の心にも言えることです。
いろいろな悩み、ストレスや肉体的な病気などにより、「心が止まってしまう」ことがあります。
これは、誰しもご体験があるとは思いますが、心が止まったり、動かない時は、現況も良くなりません。それどころか、その時間が長ければ長いほど悪くなったり、後退してしまったりすることの方が多いのですね。現状維持をするにも、少しづつ前進していなければならないものなのです。
でも、動かない、動けない、そんなことは多々あります。
「心にもロウや、シリコンがあったらいいのに…。」と思うことはあるでしょう。
実は、これがあるのですね。
それは、『喜び』なのです。
「喜び」は心の潤滑油なのですね。
「そんなこと言ったって、喜びなんかないよ。あったらこんなことになってないよ。」とおっしゃると思います。
そうですね。その通りです。でも、実は、喜びというのはその辺にゴロゴロしているのです。それに蓋をしたり、目をつぶっているだけなのですね。
視点を変えて、よーくみてみることです。「喜び」は向こうからやってくるものではなく、「自分自身で発見する」ものなのですね。
今、見ている光景と、しゃがんで見てみる光景とは、全く違うものが見えますよね。
それが視点を変えることなのです。「こういう風に考えなくてはならない」とか「こう考えれるように頑張る」というものなのではないのです。
今、あなたが出来る、些細なこと、しゃがんでみたり、横になってみてみたり、そんなことでいいのですね。
そうしてみると「喜び」というのは意外にもすぐそこにあるもの、または、もうすでに手の中にあるものなのです。
こうして「喜び」に気がついたなら、心に潤いが出てきてスルスルと心の扉の開け閉めがしやすくなるものなのです。
どうか一度、やってみて下さいね。
そこに新たな健康のヒントが見えてくるでしょう。
昔から、「雨戸の敷居にはロウを塗ると、スルスルと開け閉めがしやすくなる」と言われてますね。まぁ、今はシリコンとか便利なグッズもありますが、要するに抵抗を少なくするといいですよ、ということですね。
これって、自分の心にも言えることです。
いろいろな悩み、ストレスや肉体的な病気などにより、「心が止まってしまう」ことがあります。
これは、誰しもご体験があるとは思いますが、心が止まったり、動かない時は、現況も良くなりません。それどころか、その時間が長ければ長いほど悪くなったり、後退してしまったりすることの方が多いのですね。現状維持をするにも、少しづつ前進していなければならないものなのです。
でも、動かない、動けない、そんなことは多々あります。
「心にもロウや、シリコンがあったらいいのに…。」と思うことはあるでしょう。
実は、これがあるのですね。
それは、『喜び』なのです。
「喜び」は心の潤滑油なのですね。
「そんなこと言ったって、喜びなんかないよ。あったらこんなことになってないよ。」とおっしゃると思います。
そうですね。その通りです。でも、実は、喜びというのはその辺にゴロゴロしているのです。それに蓋をしたり、目をつぶっているだけなのですね。
視点を変えて、よーくみてみることです。「喜び」は向こうからやってくるものではなく、「自分自身で発見する」ものなのですね。
今、見ている光景と、しゃがんで見てみる光景とは、全く違うものが見えますよね。
それが視点を変えることなのです。「こういう風に考えなくてはならない」とか「こう考えれるように頑張る」というものなのではないのです。
今、あなたが出来る、些細なこと、しゃがんでみたり、横になってみてみたり、そんなことでいいのですね。
そうしてみると「喜び」というのは意外にもすぐそこにあるもの、または、もうすでに手の中にあるものなのです。
こうして「喜び」に気がついたなら、心に潤いが出てきてスルスルと心の扉の開け閉めがしやすくなるものなのです。
どうか一度、やってみて下さいね。
そこに新たな健康のヒントが見えてくるでしょう。]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>【 日常生活における健康のヒント 5 】</title>
		<link>https://www.nonkido.jp/blog/829</link>
				<pubDate>Fri, 31 Oct 2025 00:59:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[S10302545000001]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>
		<category><![CDATA[総院長お役立ちコラム]]></category>

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				<description><![CDATA[シルクや麻など、「オシャレ着」などは、「手洗いで洗濯しましょう」とよく言います。 これは、「大切なものは丁寧に [&#8230;]]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[
シルクや麻など、「オシャレ着」などは、「手洗いで洗濯しましょう」とよく言います。
これは、「大切なものは丁寧に扱う」ということですよね！？
これを聞いて「その通り！」「当然！」と思う人は多いと思います。
しかし、皆さんにとって一番大切なはずの「自分自身」の事を、“本当の意味で”大切にされている方はどのくらいいらっしゃるのでしょうか？
「自分自身を大切にする」ということは、決して「エゴを通す」とか「自分勝手に生きる」ということではありません。
「自分自身は、どういう人間で、何を考え、どんな個性があるのか？という事を知る」
という事ですね。
それを探求した上で、自分の過去を振り返ったり、これからの未来を考えたりする、という事です。
健康をクリエイトしているのは、他でもない、「自分自身の思い」なのです。
“本当の意味”で自分自身を大切にできない人、していない人というのは、いくら良いものを食べたり、運動をしたりしても健康を手に入れることは難しいでしょう。
土台が、ヌカっているところにどんな立派な構造の家を建てても傾いてしまうのと同じです。
しっかりと「自分自身を大切にする」という『土台』を固め、一本一本、吟味して『柱』を建てていくことが地味な様でも「健康への王道」なのですね。
もっともっと、「自分自身を大切に」していきませんか？]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>【 日常生活における健康のヒント 4 】</title>
		<link>https://www.nonkido.jp/news/827</link>
				<pubDate>Fri, 10 Oct 2025 00:59:23 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[S10302545000001]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>
		<category><![CDATA[ブログ]]></category>
		<category><![CDATA[総院長お役立ちコラム]]></category>

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				<description><![CDATA[「失敗を恐れて何もしない人は、成功することもない」と、よく言われますが、これは真理でしょう。 ただ、注意が必要 [&#8230;]]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[
「失敗を恐れて何もしない人は、成功することもない」と、よく言われますが、これは真理でしょう。
ただ、注意が必要なのは「ただ、成功を求めてやみくもに動き回る人にも、成功はしない」ということは注意すべきかと思います。
これは、健康においても如り、でしょう。
不調を抱えて、「ああでもない、こうでもない」と言って、検査や治療に行かない人は多々おります。それで対処が遅くなって、症状をこじらせてしまう人は、とても多いのです。
逆に、「あなたは◯◯病です」と言ってもらえるまで、病院や治療院を転々とする人も多いのです。それも、全く自分の生活などを見直さず、ただやみくもに動き回っているのですね。
これらのパターンにはまっている人は、まず、健康になることはないでしょう。
1人不調を抱えこむだけで済めばいいですが、周りの家族や友人に迷惑をかけて、本当に病気になるまでやり続けるのがオチでしょう。
しっかりと、自分の理想の在り方を見定めて、適切な行動をとる、つまり、病院や治療院をちゃんと選択して、治療が必要なら取りかかり、生活改善が必要ならそれを見直す。
意外と、こんな当たり前のことをしていないのが私達なのですね。
いたずらに、ネットの情報を鵜呑みにしたり、健康食品業界の人の話を鵜呑みにしたりして、遠回りしている人も最近はとても増えています。
ご注意下さいね。
「餅は餅屋へ」。これも真理ですから。]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>諺から考える健康学　91</title>
		<link>https://www.nonkido.jp/news/805</link>
				<pubDate>Mon, 28 Apr 2025 05:44:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[S10302545000001]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>
		<category><![CDATA[総院長お役立ちコラム]]></category>

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				<description><![CDATA[【諺から考える健康学　91】 『闇夜に目あり』という諺があります。 これは、「真っ暗な夜、誰にも分からないよう [&#8230;]]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[【諺から考える健康学　91】
『闇夜に目あり』という諺があります。
これは、「真っ暗な夜、誰にも分からないように、こっそりと、悪い事をやったつもりでも、 いずれは、その悪い事が、人に知られてしまうという、いましめ」の意味です。
最近、政界は裏金疑惑で賑わっております。「今さら…」という感は否めませんが、頑張ったな検察、という感じですね。
また少し前には、宝塚の事件があったり、その前にはオリンピックの収賄に関わることなど、今年は「言われたところでさほど驚きはしないけど、ようやく表立ってきたな」的な事が、数多かったような気が致します。
長〜い闇ではありましたが、まさに「闇夜に目あり」だったのではないでしょうか？
しかし、これは良いことではあると思います。
どれもが「100%悪い」とは申しませんが、この様に問題視されて改善していくのは良いことではないか！？と私は思います。
最近よく耳にする浄化のひとつでもあるのかもしれませんね。
健康においても如り、であります。
内緒で、健康を害することをし続けていても、必ず、病気や不調、というかたちで表面化してくるものです。
どんなに、体力に自信があっても、丈夫な身体であっても、時間差はあるかもしれませんが、必ず顕現してきます。
また、◯クチン問題など、医療界に巣食う闇についても同様です。少しづつ、表面化はしてきておりますが、これも一定の時期が来るとドーンと明るみに出てくる様な気がしております。
いずれにせよ、何が本当に身体に良くて、何が身体にとって悪いのか、ということを、ちゃんと知っておかねばなりません。
それには、ちょっとネットで掻い摘んだ情報や、無料動画などで聞きかじった程度では、なかなか身につくものではありません。
そして、その様な情報源は当てにならないと、割り切った方が無難かもしれません。
よく、真理のたとえで、「闇夜を照らす一条の光」という事がありますがまさに、この健康に関しての真理を追求し、探究して、更に行じてみて、知識としてもストックする必要はあると思っています。　
そうすれば、どの様な状況になろうとも安心立命で過ごしていけるのではないでしょうか。
皆様はいかがお考えでしょうか？]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>　　諺から考える健康学　89</title>
		<link>https://www.nonkido.jp/blog/797</link>
				<pubDate>Fri, 28 Feb 2025 08:12:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[S10302545000001]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>
		<category><![CDATA[総院長お役立ちコラム]]></category>

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				<description><![CDATA[2023.10記 『浮世の苦楽は壁一重（うきよのくらくはかべひとえ）』という諺があります。 これは、「この世の [&#8230;]]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[2023.10記
『浮世の苦楽は壁一重（うきよのくらくはかべひとえ）』という諺があります。
これは、「この世の苦楽は隣り合っていて変転極まりないものであるから、苦境にあっても悲観することなく、楽境にあっても楽観は禁物であるという教え」のことです。
ここのところ、「税収が増えた分の還元」などとのたまわっていらっしゃる首相がおられます。
何だか何をしたいのかさっぱりわからいですよね。
税収を増やすために、増税、増税とやっていたのではないでしょうか！？
目的がちゃんとあって、増税していたはずなのに、税収が上がれば今度は「返します」とは…。
だったら初めから、増税などしなければいいだけの話ですよね。
「返す、返す」はいいですけれども、それにも余計な人件費と、手数料がかかります。
普通、本当に還元するなら次期分から差し引けば良いだけのことです。それが一番、効率的ですよね！？
なのに、わざわざ「現金を返還する」などというのは、どう考えても
次期選挙のためのパフォーマンス以外の何物でもないでしょう。
そんな稚拙なやり方で人気回復を願うなら、本当に国のため、国民の生命のために、ちゃんとした政策を打ってもらいたいと思うのは、私だけでしょうか？
私たちは、政治家を判断する上で、諺通り、その場その場のことだけを考えていてはいけない、もっと俯瞰的な見方をしてもらいたい、と思う次第であります。
皆様はいかがお思いでしょうか？
健康においても如り、であります。
新しい健康食品が出れば飛びつく、
新しい健康法が出れば飛びつく、
マスコミで「健康〇〇」と言われたら鵜呑みにする、
そのような事では、健康は手に入れる事は出来ないでしょう。
古の健康法や、健康食品、健康を保つための言い伝えなどには、本当に優れたものが多々あります。
ただ、それは手が掛かったり、コツコツと継続してやらなくてはならない事もあり、現代の生活スタイルには、少しそぐわない事もあるのは事実です。
しかし、それを踏まえずに、短絡的に、楽に、合理的な方法などに飛びつくのは、いささか、知恵が足りないのではないか！？と私は思います。
「浮世の苦楽は壁一重」
この中には、知恵を持って世の動向を考える事の大切さも、含有されているのではないかと思っています。
本当の健康の意味、そして本当の健康の大切さを鑑みてみた時、即席カップ麺のような「手軽で簡単！」さを求める事は、安易であり浅はかな事であることは自ずと明白になるのではないか、と私は思っています。
全ては自分自身の心の投影です。
浅はかな心は、浅はかなものしか生み出せません。
逆に、思慮深く、深く考えて智慧となったものからは、本物しか生まれない、ということなのです。
何につけても、思慮深い、智慧深い日々を送っていくことが大切なのではないでしょうか？
そのための努力は、やはり惜しむべきではない、と私は思っています。
皆様はいかがお考えでしょうか？]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>　諺から考える健康学　88</title>
		<link>https://www.nonkido.jp/blog/795</link>
				<pubDate>Fri, 14 Feb 2025 08:10:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[S10302545000001]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>
		<category><![CDATA[総院長お役立ちコラム]]></category>

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				<description><![CDATA[2023.10記 『一日千秋の思い（いちにちせんしゅうのおもい）』という諺があります。 これは、「一日が千年も [&#8230;]]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[2023.10記
『一日千秋の思い（いちにちせんしゅうのおもい）』という諺があります。
これは、「一日が千年もの長さに感じられるほど長いということ。未来の事柄を待ちこがれる気持ちの表現」のことです。
最近、ハマスによる武力行使や、依然として続くロ・ウの戦闘、世界各地での天変地異など、「地球が病んでいる」とも言えるような状況が続いております。
これも文明開化以降の、人類の功罪の結果であることには間違いはありません。
明るい未来を描きたくても、なかなか描けない、という状況が続いてしまっており、「本当にまた明るく健在な世界は訪れるのだろうか」という先に希望がなかなか見出せない、まさに諺通り、安心立命で過ごせない時期が続いております。
しかし、社会が、国が、世界状況が、と嘆いていても事は改善してきません。
一人一人の個の集合体が社会であり、国であり、人類であるのです。
さすれば、今、一人一人に出来ること、求められていること、また、出来ることは何なのか？と、考えてみますと、自分自身の中の、悲観的な世界状況と合い通ずる部分を見出だし、そこを修正していくほかないのでは無いか！？と私は思っています。
日常生活の中にも、嫉妬や独占欲、自分さえ良ければよい、というような思い、そして、怒りや戦闘性など世界の人類の縮図が潜んでいるのではないでしょうか？
ひとり一人で、出来ることは本当に小さい。いや、むしろ無いに等しいかもしれませんが、自分自身の心を正していくことだけは可能ではないかな、と私は思います。
個々の集合体が、社会であり世界であるなら、その個々が日々修正を心がけたなら、計り知れない時間はかかろうとも、世界が、地球全体が幸せな方向に舵を切り直すことは可能ではないかと信じています。
皆様は、どう思われますでしょうか？
健康においても如り、であります。
一つ一つの細胞が、組織を作り、器官を作り、臓器や骨格を作っています。
その一つ一つの細胞が、良くなろう、調和とバランスを取ろうとしてきた時に、健康体というものが形成されるのではないか、と思います。
その長たるものが自分自身であるわけですから、そのようにいつもいつも、号令をかけ続けるのが大事なのではないか！？と私は考えています。
悪いものを取り除くだけでなく、いかに、更生していってもらうか、バランスをとって調和していってもらうか、そこを考えて自分自身の心を見直していくのが長たるものの役目ではないか、と思っています。
自分の身体の長は、自分自身です。
そこを忘れることなく、置き去りにすることなく、しっかりと取り組んでいきたいと、私は考えています。
不幸な、不安な一日は、長く長く感じるかもしれませんが健全で幸福な日を待ち焦がれて、確実な一手一手を打つしか、明るく幸福な未来を創るにないのではないか！？と私は思います。
皆様は、いかがお考えでしょうか？]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>　諺から考える健康学　87</title>
		<link>https://www.nonkido.jp/blog/793</link>
				<pubDate>Tue, 04 Feb 2025 08:08:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[S10302545000001]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>
		<category><![CDATA[総院長お役立ちコラム]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://www.nonkido.jp/?p=793</guid>
				<description><![CDATA[2023.9記 【諺から考える健康学　86】 『やはり野に置け蓮華草（やはりのにおけれんげそう）』という諺があ [&#8230;]]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[2023.9記

【諺から考える健康学　86】
『やはり野に置け蓮華草（やはりのにおけれんげそう）』という諺があります。
これは、「蓮華草のような野の花は、家の中に飾っても調和せず、やはり野の花は野に咲いていてこそ美しいのだということ。すべてのものは、それにふさわしい環境の中でこそ、そのよさも真価も発揮できるということのたとえ」のことです。
最近、懲りもせず、またまた議員汚職の話題が出ております。
毎度毎度、明るみに出るにも関わらず、懲りもせずよくやるものだ、と怒りを通り越して呆れて、憐れみに近い感覚になってしまいます。
国会議員は国民の期待を一身に背負って当選し、なるものです。
それが次第次第に、私利私欲に染まってしまうのは、とても愚かなことです。
本来、議員職というのは、自分一人の力で得た地位ではありません。
自分を選んで投票してくれた国民がいるからこそ、議員職につけるのですよね。
ならば、日々、自分を選んでくれた有権者に対して感謝を忘れずに過ごさなければならないのではないでしょうか？
もし、全議員がたったそれだけの事を毎日出来たとしたならば、今のような政界にはなっていないのではないでしょうか？
ぜひ、国会開催中だけでも開催前に「有権者に対する感謝の時間」をとっても頂きたい、と思ってしまいます。
この感謝がなくなってくるから、薄くなってくるからこそ、国家に対する愛がなくなり、亡国を望んでいるかのような行動や政策ばかりが出現しているのではないか！？
と、ふと考えるのは、私だけでしょうか？
野に咲く蓮花草のように、美しい国家運営をしてもらいたいものです。
皆様はいかがお考えでしょうか？
健康においても如り、であります。
日々、健康に対する感謝、自分の身体に対する感謝ができているか否か。
日々とまでいかなくとも、定期的にそれができているか否か、で健康を害する度合いは天と地の差ほどできると言って良いかもしれません。
朝、目が覚めて「あぁ、生命が今日も頂けている」と、毎日思えるようになったなら、そこには病など付け入る隙がありません。
そこまで行けずとも、毎日毎日、自分のために文句も言わず働き続けてくれている自分の身体に感謝しなくてはいけないのではないか！？と、私は思います。
いつの間にか、「身体は、自分のもの。好き勝手にしていいんだ！」と思い込み、やりたい放題で病気になる。簡単にひとことで言うなら、これが病気の発生過程です。
「嫌々、私はそんな事ない」
と反論される方もおられるかもしれませんが、好き勝手にしているつもりがなくても、身体の立場から考えれば、好き勝手されている事も多々あるのですね。
蓮華草を、うちに持って帰って花瓶にさしているか、の如くです。
それは、日々の感謝の中で、自分自身の身体と対話して、対峙して初めて解るものなのです。
ぜひ、この『日々の自分の身体への感謝』というのを始めてみませんか？
私も決してできているわけではありません。習慣化出来るまで、日々、努力していきたいと思いっています。
これが習慣化できたら、日本の医療費はきっと、激減するに違いないと、私は思っています。
皆様はいかが、お考えでしょうか？]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>諺から考える健康学　86</title>
		<link>https://www.nonkido.jp/blog/791</link>
				<pubDate>Mon, 27 Jan 2025 08:07:30 +0000</pubDate>
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		<category><![CDATA[総院長お役立ちコラム]]></category>

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				<description><![CDATA[2023.8記 『猿猴月を取る（えんこうつきをとる）』という諺があります。 これは、「猿が水面に映った月を取ろ [&#8230;]]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[2023.8記
『猿猴月を取る（えんこうつきをとる）』という諺があります。
これは、「猿が水面に映った月を取ろうとし、木の枝が折れたために落ちて水死した話しから、分不相応のことをして大失敗するたとえ。身の程を知らない行為は災難のもとだということ」という意味です。
昨日、中国外相が、「米国が、世界最大の不安定要因」などと、台湾問題などで非難した、という記事を目にいたしましたが、「全く逆さま」ではないのか！？と思ってしまいました。
世界の覇権を争う姿勢でやってきておりますが、中国は「自分の主張や行為は正当化するが、その結果に伴う責任については他国に転嫁する」というダブルスタンダードの姿勢を改めない限り、世界の中心になることはあり得ない、と私は思います。
万が一、そうなってしまったら、地球は終わりではないかとも思います。
チベットやモンゴルなどへのやり方を見ても、中国主導の世界は、地球を滅ぼすことになるのではないか、と私は思います。
基本的な姿勢を正さない限り、諺通り、「身の程を知らない行為は災難のもと」でしかないと私は思っています。
皆様は、いかが思われますか？
健康においても如り、であります。
病気を治したい、健康になりたい、という一心で、ネットやSNS、YouTubeなどから情報を取って実践してみるのは自由ですが、かえって健康を害したり、病気を悪化させてしまうことが最近多く見受けられます。
これは、昨今の情報発信が実に無責任であるという事にも起因は致しますが、それを選択しているのは自分自身だ、ということも忘れてはなりません。
身の丈を知る、というのは病気においては「病状を正しく見極める」ということです。
それを無視して、または、無知のままで突っ走ってしまいますと、必ず災いが起きるのですね。
これは、医療を施す側にも言えることです。
仏教の八正道の中でも初めに来るのは『正見』です。
『正しく見る』ということは、自分自身を理解し、知ることです。
ここから全てはスタートしてきますから、そこを間違えては後は、壊れていくしかなくなってしまうのですね。
気をつけなければなりません。
私自身も、もちろん正見ができているわけではありません。
どんな方でも、完全にマスターしているわけではないのです。
だからこそ、大切なことなのではないか！？
と私は思っています。
健康だけではなく、様々なことにおいて、正しく自分を理解し、把握することから全てはスタートするのでしょうか。
また、人生はそれの連続なのではないだろうかと、私は思っています。
皆様は、いかがお考えでしょうか？]]></content:encoded>
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